GDC VOICE
#001
“作業着”でも“制服”でもいい。似合う・似合わないを超えて――熊谷隆志と浅野忠信が語る、服と人生の距離感
スタイリスト、フォトグラファー、クリエイティブディレクターとして活動し、唯一無二の世界観を築いてきた熊谷隆志。そして、俳優として常に新たな表現を探求し続ける浅野忠信。長年の関係性を持つふたりが、今年あらためて「服づくり」で再び手を組んだ。
ふたりが目指したのは、“似合う”という評価軸に縛られない服。なんでもない“制服みたいなもの”にこそ魅力があるという感覚だった。毎日手に取れて、気負わず着られて、時間とともに味わいが深まっていくような――そんな生活の中にそっと入り込む服。
今年再スタートしたGDCとのコラボレーション。そこに至る背景の会話、互いが感じた服への向き合い方、そして“気楽さ”が持つ強さについて、熊谷隆志と浅野忠信に話を聞いた。
ー 今回のコラボレーションのきっかけ、どういう会話で始まったのかまずお聞かせください。

熊谷
GDCといえば、浅野忠信とKj(降谷建志氏)。僕の中ではずっとこの2人が象徴として頭にあって。

(2006年 GDC MOOK本にて表紙を飾る浅野忠信とKj(降谷建志氏))
多分、忠信がすごく忙しい時期だったんだよね。
ある時 “なんかやろうよ” って声をかけたんだけど、そのタイミングでは全然乗り気じゃなくて(笑)。
浅野
多分いろんなことに疲れていたんだと思うのね。
熊谷
だから「あ、今じゃないな」って思って、一度時間を置いて、もう一回声をかけたんだよね。“ものづくり、服作りしようよ。忠信が着たいものを作るから” って伝えたら、そこでじゃあ一緒にやろうっていう話になった。
着たいものを作る、っていうところから始まったんだよね。“どういうの着たい?” って、そこから会話が広がっていった感じ。
ー 今回の服のテーマは“制服”というワードが印象的でした。
熊谷
僕の中で忠信は、ずっと“セットアップの人”っていうイメージが強くあって。
浅野
セットアップ、大好きなんだよね。
熊谷
“制服を作りたい”っていうオファーがまずあって。忠信は服に対するこだわりが強い人だから、素材は漠然とモールスキンだなと感じていたんです。
フランスの職人さんたちも、セットアップで靴を作ったり、作業したりするじゃないですか。
ああいう姿にも着想を得ながら、毎日これで寝てもいいくらいの“気持ちよさ”と“着る感覚”を意識して作りました。
浅野
50歳の誕生日の時に、「制服が欲しい」って思ったんだよね。ふとした時に、なんでもない“制服みたいなもの”にすごく魅力を感じて。毎日着られて、経年変化も楽しめるような。
この服も、アタリが出てきて楽しめる生地だよね。
熊谷
もちろん忠信は本当に服にこだわりがある人なので、2回とか3回とか、何度も直して。今日ようやく完成しました。
ー GDCが27年ぶりに復活。当時の印象や関係性、変わったことはありますか?
熊谷
やっぱり印象的だったのは、“出会い”なんですよね。
映画『新宿鮫』※1 を観て、どうしてもこの人のスタイリングがしたい!って、もう猛烈にアピールしたところから親交が始まったんです。
“うわ〜、絶対この人をスタイリングしたい”とって思って。スタイリストになってまだ数年目だったんだけど、初めて担当したいと思えた相手だった。
そこからしばらく、たくさんスタイリングさせてもらって。
で、月日が経って、今の距離感になったというか。
でも、その時からあんまり僕のマインドは変わっていなくて。
本当にすごく良い関係だと思っているし、「仕事しているからどう」みたいなことも全くなくて。今の距離感が、とても居心地が良いですよね。
※1『眠らない街 新宿鮫』1993年公開 滝田洋二郎監督作品。
浅野
1990年代、2000年代って、好き放題やってたよね(笑)。いろんな意味でも。
今みたいに“カテゴライズ”されてなかった良さがあってさ。
インターネットもなくて、情報も少なかったから、本当に好き勝手やってた。
でも今って、何でもカテゴライズされるし、過去もすぐ見返せるでしょう。
だからこそ、“なんの情報もない状態で、今もしあの時と同じ気持ちでやるなら何が一番面白いんだろう”って、自分に問う瞬間があるんだよね。
熊谷
新しいことをやりたい、と思った時に、当時ナポレオンジャケット ※2 を一番最初に着せたのも忠信なんです。
パリに住んでいた頃、オペラ座の近くにあった古着屋で、スペンサージャケットとか燕尾服のようなフォーマルな古着を買って集めていたんですよね。僕がコレクションしていたヴィンテージを忠信に着せたのがきっかけで、それをGDCとして展開していった。シアターブルックの佐藤タイジさんがライブで着てくれたりもしました。
当時、ナポレオンジャケットをスタイリングしている人はいなかったんだけど、その後街で着てくれている人を見かけて、“肩にはまらない”っていうことの大切さを実感したんです。
GDCは、そういう“既存の枠に収まらない表現”を、これからも続けていきたいと思っています。
※2
手の込んだ仕様で、当時としても相当な作り込みが施されたナポレオンジャケット。
GDCを象徴する代表的な一着であり、ブランドのアイコニックアイテムとして長く愛され続けてきた存在。その完成度と世界観に魅了され、復刻を待ち望む声はいまなお多い。
ー GDCとして欠かせない存在として言われたが、GDC復活と聞いてどう思ったか。
浅野
新しいことをやって欲しいなって。“当時の気持ちのまま、新しいことに向かってほしい” と思うかな。
ー 熊谷さんは、浅野さんとものづくりをするにあたって、大切にしているポイントはありますか?

熊谷
忠信は本当に服にこだわりがある人なので、作るのであれば何より“着心地の良さ”ですね。
これを着たまま寝たり、転がったり、作業したりしても気にならないくらいの、自然な着用感を意識して今回も作りました。
ー 浅野さんは?
浅野
一番“好きなこと”を言える関係なんです。
熊谷さんだったら、ワガママも含めて本音で言える。そういうものづくりができる相手だと思っています。
熊谷
「でもね、忠信の言うことって“ワガママ”に聞こえないんですよ。
ものづくりに対してすごく真剣だから、ちゃんとした意見として届くんです。
ー 演じること、音楽を奏でること、絵を描くこと。様々な表現の中、ファッションと表現はどう繋がっていますか?

浅野
なんか、そんなことばっかり考えていて。
うちが古着屋で、お母さんが洋服好きだったってこともあって、小さい頃からいろんな服を着させてもらったけど、結局でもパンクとかミュージシャンの人の格好が好きなんだなって改めて分かって、“音楽を参考にしているんだな”って思ってる。
この時のGDCとかも、鮮明に覚えていて、(ROCKER’S -ロッカーズ-※3 の写真集を取り出す)すごく好きで。こういう着こなしもすごくかっこいいなって今も思ってる。
熊谷
懐かしい。昔 “ROCKER’S -ロッカーズ-”っていうテーマでGDCでコレクションをやったよね。
浅野
あと最近、今更ながら。中学生の時、初めてベースを買ってもらったことを思い出して。自分はベーシストになりたかった。最近改めてベースを買ったから、俺はもう “ベーシストとして服を着る!” と思ってる。ジャケットとかシャツとかずっと好きなものは変わらず普段から変わらないんだけど、ただ気持ちはベーシストとして。音楽のジャンルもスカミュージシャンとしてがいいかな、とか。相変わらずキャップとか好きだけど、ブーツ履いたりするのもいいかなって。
ー 浅野さんの中で、GDCの思い出深いアイテムはありますか?
浅野
Rockes-ロッカーズ-のコレクションの時にあった、ミリタリーのM-65のセットアップは、いまだに大切に持ってて。
映画『サッド ヴァケイション』の時に監督が気に入ってくれて、上着だけ衣装として作り直したんですよ。それ以来ずっと気に入って着ていて。
あれは、もう一回作ってほしいなって思うアイテムですね。
熊谷
過去のコレクションを見返すのもいいかもしれないね。ROCKER’S -ロッカーズ-、改めて見てみようか。
※3
GDCはこれまで、各コレクションごとにテーマとなるタイトルを設けて展開。
その中のひとつが“ROCKER’S(ロッカーズ)”。
当時、熊谷自身がこの写真集から大きな影響を受け、そこに写る空気感や佇まいをもとに服作りを行っていたことが、このテーマの原点となっていた。
ー 歳を重ねていく中で、共に挑戦したいことはありますか?
浅野
おじいさんになっても着られる服を今のうちに作っておいて欲しい。スラックス履いて、帽子かぶって、とかの俺たちバージョン。“これずっと着ているんだよ”って言える服。
熊谷
もう一回ぐらい、自分が作った服でスタイリングして、忠信がいい年齢になった時、映画とかで観られたらいいなって。“こういう映画あるからこういうジャケット作ってよ”っていう依頼から作る服、面白いと思う。
浅野
確かに。映画の衣装は熊谷さんにやってほしいかも。
熊谷
「映画『孔雀 KUJAKU』※4 の時は勉強になったな。
※4
1999年公開『孔雀 KUJAKU』クリストファー・ドイルの監督デビュー作である。自分の居場所を探して香港の街を彷徨い続ける日本人青年アサノの姿を描き、当時浅野は26歳。熊谷がスタイリングを担当した。
浅野
映画の現場って、どうしても“ありきたりな衣装”を持ってこられてしまう場面が多々あるんです。
でも、たとえ日常を描く衣類だとしても、ただ一般的なものを当てはめればいいわけではないと思っていて。日常の中にも、その人の人生や季節が確かに流れているからこそ、衣装には表現すべきポイントが必ずあるはずなんですよね。
たとえば、その人物の最初の未熟さを描くなら、物語の中で彼が、あるいは彼女が、どんな色へ変化していくのか。その“変わりゆく色”を衣装で表すことは、とても大切だと思うんです。そういう細やかな部分こそ、観る人の記憶にしっかり残るものだから。それを念頭に置いて、きちんと衣装を提案していく必要があると感じています。
「サラリーマンだからスーツ」ではなくて、そのサラリーマンがどんな人生を歩んできたのか。どういう価値観で生きていて、どんな瞬間に変わっていくのか。だからこの色で、この素材で、このアイテムで、最終的にこういう服へ成長していく──。共演者との対比によって“だからこそ彼女はこう変わったんだ”と伝わる瞬間も生まれる。映画全体のトーンを考えたとき、衣装って本当に重要な要素なんですよね。
結局、一番考えるべきなのは“外見”ではなくて“内面”で。
内側がきちんと見えてくるからこそ、そこから自然と“外”が立ち上がってくる。最初から外側だけを形づくった衣装って、やっぱりどこか違うと感じてしまいます。中身が伴って、初めてその人物の“内”がわかるというか。そういう考え方じゃないと、自分自身も楽しめないんだろうなって思います。
そう考えると、そこに熊谷さんが入って何か一緒にやったら、すごく面白いんじゃないかなと感じるんです。熊谷さんのようなタイプは、“内面に向けた表現”がとても合うと思うし。
今の年齢になって余計に、まだ満たされていない部分を追求していくことで、「ああ、なるほどな」と腑に落ちる瞬間が増えた気がしていて。
熊谷
それ、すごく分かる。
少し落ち着いた時にやるのがいいのかな、って思ったりもするんだけど。
浅野
いや、落ち着く前にやったほうがいいと思うよ。
今の自分だからこそ面白いものが生まれる瞬間って、必ずあるから。常にね。
大変な時ほど、大変なことをやっておくと“あれは本当にしんどかったけど、あの時にしかできなかったな”って思えるんだよ。
その時にしか生まれないものって、確実にあると思う。熊谷さん、頑張ってもらわないと(笑)
熊谷
こういう話、10年に1回くらい忠信からもらうんだよね。
今日がそのタイミングだったのかもな。
ー この服を通して伝えたいこと、感じてほしいムードはありますか?
浅野
絵を描くことが多くて、よく着ているのは画材屋で売っているものや作業服が多いけど、ほんと作業服みたいな感じで着て欲しいなって。今は綺麗な状態だけど、汚れがついても良いかな、ぐらいで面白いかなと。
あと、俳優という仕事をやっていると、意外と “着るもの” がないのよ。
朝現場へ行って、衣装に着替えて、一日中衣装のまま、だからさ。そうすると “毎日着られる服” の方がいいなと思った。それこそセットアップで。
でも、いきなり 「パーティーへ出てください」と言われた時に、こういうジャケットのタイプを着ていると、気にせず行けるのもいいかなって。
熊谷
スーツだと思って着るのではなくて、作業着とか日常着として着てもらうと、頭の中が楽になるというか、もっとラフに付き合える服になると思います。
浅野
作業服って“似合う・似合わない”とか関係ないところが魅力でもあるから。
熊谷
でもカバンにシャツとネクタイ入れておけば、会社でも着られると思うし。
本当に似合う・似合わないは関係ない。
“これ着とけばいい”くらいの気楽さで着てほしいんですよね。
普段服選びに迷う人でも、“制服みたいに自分の生活に入り込んでくれる服”。
この服が、そんな存在になってくれたら嬉しいです。
浅野
俳優の若い人たちで、何を着たらいいか迷っている人へも、これ着たらいい!とおすすめしたいね。
(撮影=横井隼 取材・文=松木奏)
tadanobu asano X GDC collaboration
浅野忠信氏とのコラボレーション企画では、ジャケット・ベスト・パンツの3ピースに加え、同シリーズで着用できるニット1型を展開。ビジュアル撮影は熊谷隆志が担当。
長い年月を共有してきたふたりの価値観が交差し、今回のコレクションは浅野氏自身が服へのこだわりと審美眼を持つことから、素材にはモールスキンを採用。作業着のような実用性を持ちながら、着用シーンによってはそのままドレスアップにも成立し、そのままパーティーにも行けるほどの上品さを併せ持つ、日常と表現活動の独特のバランスを大事に仕上げました。 “生活の中で育つ服”として仕立てています。
以上のアイテムは、12月6日(土)12:00より〈GDC代官山フラッグシップストア〉および〈GDCオフィシャルオンラインストア〉にて全国一斉発売いたします。
【tadanobu asano X GDC collaboration】painters jacket
COLOR:KH・NV|SIZE:M / L / XL|¥75,900 intax
【tadanobu asano X GDC collaboration】painters vest
COLOR:KH・NV|SIZE:M / L / XL|¥33,900 intax
【tadanobu asano X GDC collaboration】painters slacks
COLOR:KH・NV|SIZE:M / L / XL|¥39,900 intax
【tadanobu asano X GDC collaboration】painters knit
COLOR:BK・NV|SIZE:M / L / XL|¥29,900 intax
浅野忠信 Tadanobu Asano
1990年に松岡錠司監督の「バタアシ金魚」でスクリーンデビュー。
セルゲイ・ボドロフ監督「MONGOL」は第80回(2008)米アカデミー賞で外国語映画賞にノミネート、2010年には根岸吉太郎監督「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」、木村大作監督「劔岳 点の記」にて第33回日本アカデミー賞優秀主演男優賞をダブル受賞。
また、熊切和嘉監督「私の男」では、第36回モスクワ国際映画祭でコンペティション部門最優秀男優賞を受賞。
2025年、「SHOGUN 将軍」にて第82回ゴールデングローブ賞テレビ部門最優秀助演男優賞を受賞。