GDC VOICE #003

#003
90年代から東京のストリートカルチャーを最前線で見続けてきた熊谷隆志と、裏原宿カルチャーの中心で数々のブランドやデザインを生み出してきたHIROCK氏。
時代が変わっても第一線で表現を続ける二人は、今の東京をどう見ているのか。
カルチャーとはどのように生まれ、人を惹きつけ、ブランドへと育っていくのか。
二人のクリエイションの原点から、これまで歩んできた時代、そしてこれからまでを語り合うロングインタビュー。

今回のコラボレーションをきっかけに、それぞれのクリエイションについて語り合ってもらった。

ー お二人は以前から面識があったそうですが、当時はどのような接点があったのでしょうか? また、実際にお会いした際は、お互いにどのような印象を持たれましたか?

熊谷
会ったことあるんだよね、だいぶ昔。

HIROCK
僕はもう何度も熊さんがA BATHING APE®の事務所にいらっしゃって、何度もNIGO®さんと打ち合わせしてたり、スタイリングの洋服を確認していたりするのを端のほうから見ていました。

熊谷
タイアップをやったり、NIGO®︎君の写真撮ったりしてたから。

HIROCK
だから、NIGO®︎さんも今でもそうですけど雲の上の人ですから、もう怖いしかないですよ。

熊谷
(笑)

ー 当時の印象と比べて、今回改めてお会いして何か変化を感じた部分はありましたか?

HIROCK
僕はね、でもやっぱりあの、自負として、やっぱすごい努力重ねてきたから。原宿の人でもね、NIGO®︎さんチルドレンでもいなくなっちゃった人いっぱいいるけど、自分は結構そこの中でも努力重ねて、やっとお話ができるステージに立てたかな、っていう感動があります。

熊谷
やっぱり結局今、裏原宿ブームが20年後に戻ってきて、なんか同じような感じ。
自分だけ歳取ってるけど、同じ感じ。全然何も変わんない。また活動エリアも神宮前戻っちゃったし、お店は代官山だけど。だから、ちょうど30前半ぐらいにサーフィンとか、世界プラプラしてて、ちょうどよかったな。
戻ってきてまたリフレッシュした気分で、また原宿に戻れるから。そういう意味ではね。

HIROCK
同世代の方々でもね、引き続きずっと頑張ってる方もいれば、いなくなってしまった人もいるし。

熊谷
そうですね。でも、いなくなったと言ってもアパレル業界から離れて違う仕事して成功されてる方もいるので。まあなんか、あの時代一緒に生きた人たちは、リスペクトっていうか。

HIROCK
下の世代はどう見えてますか?

熊谷
下の世代は、あんまりこう、洋服時代のときよりは、そのあとのクラブとか夜遊びの時の後輩の方が、まあコミュニケーションはとってたんじゃないですか。でも裏原宿、MADE IN WORLDとか、GDC初期の頃の後輩たちもどうだろうな。でもモデルさんとか、役者さんとか、そういう人たちはずっと今でも仲良くしてます。

HIROCK
じゃあ今の方が入口を開いてくれてますか?

熊谷
今の方が開いています。

HIROCK
重たかったっすもんね〜。熊さんのドア(笑)

熊谷
あ、そう?(笑)

HIROCK
全然開かないです(笑)

熊谷
あ、そう(笑)かもしれない……(笑)

ー 昔から面識もあったお二人ですが、改めて今回ご一緒することになった経緯を教えてください。お互いのどんな部分に共感し、このコラボレーションが実現したのでしょうか。

熊谷
あれだよね、共通の知り合いよね。

HIROCK
そうですね。
共通の知り合いの方がいて、その人のインスタを熊谷さんが見てくれていたんでしたっけ?なんか面白いことやってるな、みたいな。

熊谷
いや、「HIROCKって知ってる?」って言われて。やってることは知ってたから、「知ってるよ」って言って。「やりたいけど、どうやって進めたらいいかな?」みたいな言い方をしたのが始まりだった。

HIROCK
あ、そうだったんですね。
そのあと蕎麦屋※1 に呼ばれたんです!(笑)

熊谷
そうそう(笑)

ー その時に一緒に乾杯して、実現したと。

HIROCK
でも結構、熊さん一瞬です。20分くらいでしたね。

※1 この後、どこの蕎麦屋だったかという話になるも、記憶は曖昧。「緊張していて覚えてないんだと思う」とHIROCK氏。

ー 今回のコラボレーションで、お互いに「この人らしい」と感じた瞬間はありましたか。

熊谷
やっぱりでも、東京のこういうグラフィックをやっていく上で、僕は初期GDCはリンカーン・グラフィックスの河原 光さん ※2という、Dragon Ashとかのジャケットやってる方とグラフィックを一緒にやってたんだけど。やっぱりこの裏原宿も然り、いろんなブランドがリバイバルしている中で、GDCもリバイバルしたことによって、やっぱり東京を代表するグラフィックデザイナーのHIROCKとやらなきゃなあと思ってたんで。
なんかそういう意味では……やっぱり当時の裏原宿の印象が強いじゃないですか。だけど、また違った新しいアプローチで何かできたらいいなと思って。
まずはALPHA INDUSTRIES ※3とやったんですよね。

※2 河原 光(かわはら ひかる)
アートディレクター/グラフィックデザイナー/「WRIGHT」ディレクター
1997年、有限会社リンカーン・グラフィックス・ファミリー(TLGF)を設立。

※3 GDC X HIROCK X ALPHA INDUSTRIES 今後発売予定。

HIROCK
そうですね。

熊谷
まずは、一緒に何かやる入り口として、ALPHA INDUSTRIESのMA-1をやって。そしたら、すごく思った通りのデザインに仕上げてくれたんで、「引き続きHIROCKさんとやりましょう」っていうことで。継続的に今後もやれたらいいなとは、僕は思ってるんですけど。

ANTI SOCIAL SOCIAL CLUB 日本のディレクターを僕やるので、ANTI SOCIAL SOCIAL CLUBの方でも、もしご一緒できたらと思います。

HIROCK
僕はもう憧れの人ですから、とにかく一緒に仕事をするってことが、NIGO®︎さんもそうだし他の先輩方もそうだけど、学びですから。もうとにかくそこが楽しみでしょうがないです。NIGO®︎さんとは全く違う性質の方ですから、どういうことが学べるか。

熊谷
(笑)いや、でも同い年なんです。

HIROCK
そうなんですよね。

熊谷
もう本当に、僕も同い年ながら、すごくリスペクトしてるところがあるから。
やっぱり門下生のHIROCKさんと仕事ができるっていうことは嬉しいし、逆に僕との仕事の時にどう料理してくるのかなっていうところも、「お手並み拝見」って感じ。

ー 「こういうアイテムになるだろうな」と想像しながらクリエーションを進めていたと思いますが、制作の中で印象に残っているエピソードがあれば教えていただきたいです。

熊谷
もう頭の中で「熊に隆(鷹)」だもんね、熊谷 隆志だから。

HIROCK
それを与えてもらって、僕に託してもらって。

熊谷
「熊に隆(鷹)」モチーフはマストでお願いしますと。あとはHIROCKさんのエフェクトでいいですよっていうお題だから。

HIROCK
そうですね。

ー HIROCKさん、進め方としてはどうでしたか?

HIROCK
僕は最初だけ。熊さんがどういうことを求めているのかっていうのが、やっぱり具体的には実際わからないわけで。それをどうやって当てていくかっていう作業を最初だけしました。ちょっと多めに出したりとか。

ー お二人とも90年代から東京のカルチャーをそれぞれの立場で見てこられました。当時の東京には、今振り返るとどんな熱量があったと思いますか? 

熊谷
たぶん、現場でまだ下積みの頃からずっと見てきたHIROCKさんの方が、より生々しいリアリティを感じているんじゃないですか。

HIROCK
僕は、その渦中よりかは「ちょっと外れたところ」で俯瞰で見れてたんですよ。後輩として。
だから、先輩方がなんか面白いことやってんな、そのお手伝いができてる、うわ、楽しいなっていう毎日ですよ。

まあ事務所で言えば、「明日、大物サッカー選手が来る」とか、「明日、海外の有名アーティストが来るから」とか、「あのアーティストが空港に着くから、迎え行って来い」とか。毎日そういう刺激の中で仕事ができたって感じです。

ー 「あの頃のカルチャー」は自然に生まれていたようにも見えます。今振り返ってみて、お二人はカルチャーとは何によって生まれるものだと思いますか?

熊谷
なんかまあ、カルチャーっていうのは、その時々で生まれる造語というか、言葉で。たまたま僕はそこにいただけだから、あんまり自分としては作った感はないんだけど。
カルチャーは要は、アメリカの古着みたいなものも「アメカジ」っていう言葉で日本のカルチャーにしていたりとか、東京のスケーターとかヒップホップを中心としたストリートが裏原宿で生まれたから、「裏原宿」っていう。
裏原宿の中でも、僕もMADE IN WORLDってところには属しているのかもしれないけど、GDCとしては多分、裏原宿じゃないんだよ。多分。

HIROCK
あ、MADE IN WORLD※4 いらっしゃったんですか?

※4 「世界を繋ぐ」をコンセプトに掲げる日本のストリートファッションブランド、およびかつて渋谷・原宿等で展開されていた名門セレクトショップの名称。

熊谷
僕、店員してたから。だからGDCはどちらかと言うと、自分では「裏代官山」みたいなことをその当時はインタビューで言ってた気がする。

HIROCK
僕が20代のときに地元で働いてたショップでもMADE IN WORLD扱ってました!
僕は小僧の頃から端の方で見てましたけど、やっぱり人との交わりでできてるなっていう印象はあります。

熊谷
確かにそうだね。

HIROCK
熊さんとNIGO®︎さんが交差したり、街のお洒落な人が交差したり、店員とね、デザイナーが交差したりっていうので出来上がってるなっていうのは見てましたけどね。

ー 当時、ご自身が生み出したものが、多くの人にとって「アイコン」のような存在になっていくという感覚はありましたか?
また、そう実感した出来事や瞬間があれば、ぜひ教えてください。

熊谷
僕はこういうくだらない発想でしかないから、Nastassja Kinski(ナスターシャ・キンスキー)好きだからKinski※5 で作ったり。
自分の目の中に、視覚的に入ってきたものをグラフィックにしたりとか、自分の好きだったものや生い立ちをグラフィックにしたりとか、みたいな感じでした。

※5 GDC設立当時の〈Kinski〉Tシャツ。

HIROCK
当時は末端のグラフィックデザイナーだったんで、上にディレクターやデザイナーがいて、その人たちが作りたいものを形にするっていう感じで。
A BATHING APE®の前に、実はKIKO※6 さんについてたんですよ。A BATHING APE®のレディースからスタートしてるんで。当時は犬を描いたり、KIKOさんが犬好きなんで、犬をモチーフに毎シーズンやってたし。
あとはトートバッグですよね。BAPYといえばの。街行く女の子がみんなBAPYのトートバッグを持ってる瞬間があったじゃないですか。あの時は、やっぱり嬉しかったです。

※6 2001年に創立した日本のファッションブランド。「BAPY(ベイピー)」デザイナーはKIKO。A BATHING APE®のレディースウェアラインとして創立。ベーシックでありながらもディテールに遊びを取り入れたアイテムを展開。


HIROCK’S MINI MEMO
取材を行った〈HIROCK DESIGN OFFICE〉内・本を読み、学ぶ図書室にあえて掲げられた「読んだことはない、ただ絵を見ているだけさ ― Andy Warhol」の言葉。
そんな逆説にも、HIROCK氏らしい遊び心が感じられるペイントアート。

ー 熊谷さんはスタイリストとして、HIROCKさんはデザイナーとしてご活躍されてる中で、立場は違いますが、「人に伝える」という意味では共通点も多いと思います。
お互いの仕事に対して、どんな印象を持っていますか。

熊谷
何十年も「どういうグラフィックがカッコいいか」そういうことを考えながら生きてきたHIROCKさんはすごいなと思います。
僕はやっぱりサーフィンだけしてたりしてた時期もあるから、やっぱりそういう時間が僕には必要だったし。だからスタイリストやったり、カメラやったりも、いろんなことをやってないと気がすまない。(笑)

HIROCK
熊谷さんは、裏では努力はされていると思うんだけど、それが全く見えない。感性でやってるっていう、羨ましくもあり、すごいなと思って。
自分はやっぱりね、グラフィックデザイナーって多分そうだと思うけど、計算してやっていくっていうところがあるんで。もちろん自分の感性も使うけど、熊さんの場合、本当に自分の感性でやれる仕事で、ビジネスとして成立して、かつそれが成果を上げて、日本のトップにずっといるっていうのは、すごいことだと思います。

ー 今はブランドも情報も圧倒的に増えています。
その中で、「自分たちらしさ」を失わないために、一番意識していることは何でしょうか。

熊谷
ChatGPTに「この犬、HIROCKさんっぽく」ってやったら上げてくるよね。それに対抗するのどうするの?

HIROCK
でもやっぱり抗ってますよ。絶対AIには負けないと思ってやっていて。
今回ファミリーマートのビジュアルのディレクションしたんですけど、最初ね、代理店の方がAIで見本の写真を作ってきたんですよ。空中にこう浮いてるような。※7
でもそれじゃダメだと思って、「じゃあもうこれ僕がやります」って言って、釣り糸で全部釣って10倍ぐらい時間かけてやったりとか。
カメラマンと根気強く。“手間”ですよね。

※7 ファミリーマート初の旗艦店〈 FAMIMA PARK AZABUDAI〉において、雑貨部門の企画・デザインを担当。撮影も〈HIROCK DESIGN OFFICE〉にて実施。空中に浮いている表現は、AIを使用せず、釣り糸を用いてすべて手作業で制作。

参考: https://www.family.co.jp/famima/product.html?tags=全店

ー ブランドやアイデアを形にするとき、「これだったら自分たちらしい」と判断する基準はありますか?

熊谷
主義がないところがいいんじゃないですかね。多分、一言で言うんだったら。
いろんなジャンルがあるじゃないですか。
そういうところに対して主義がないっていうか、別にカッコよければいいじゃんって思うタイプだから。それは多分、僕の軸じゃないですか。
それがファッションだという定義なんで。

HIROCK
もうほんとに自由に横断してますもんね。いろんなテーマ、ジャンルを。

熊谷
だから、生きてきた生き様は洋服では見せられないですから、自分が着てきた古着とか、そういうものを焼き直したり、あの時着てたものをまた作りたいなとか。なんかそういうのはありますよ。

HIROCK
自分は裏原宿の時代、先輩から勉強させてもらったのは、やっぱね、“ひねる”。
普通にカレッジTシャツ作ってても、どっか「あれ、これ違うじゃん」っていうところを作るっていうか。先輩方は「ツイスト」とか言うんですけど。ちょっとやっぱひねるっていうか、ねじるっていうか。
当たり前にまっすぐ考えてたものを、最後ちょっとツイストかけるみたいな。その一手間ですかね。

ー HIROCKさんへお聞きします。
過去のインタビューで、「表層的な部分だけではなく、本質的な捉え方をデザインへ反映している」とお話しされていました。今でもクリエイションの原点となっているものはありますか? 街、人、本、音楽、旅など、日々どのようなものから刺激を受け、どんな瞬間にアイデアが生まれることが多いのでしょうか。

HIROCK
難しいけど、良い質問ですね。
熊さんと一緒で、自分が生活して好きなもの、あらゆるものが自分の原料になっていて、それが体の中で消化されて、ポコンって出てきたものが作品になっているとは思ってますけどね。
どっか一つだけのお勉強じゃできないジャンルじゃないですか、こういう商売って。

熊谷
僕もそうですね。
この間、別件でお会いした方がすごく映画好きで。話してみたら、僕も同じくらい映画のことを知っていて。小学校低学年ぐらいから、ずっと映画を観ていたので。

HIROCK
熊さん、初めての映画はなんですか?

熊谷
『ラ・ブーム』かな。ハイロックさんは?

HIROCK
僕は『スーパーマン』とか。

熊谷
僕はあんまりそっちにはいかなかったんですよね。アメコミとか漫画系は一切通ってなくて、もっと大人っぽいものを見てました。

HIROCK
なるほど。ポップなものだと『キャプテン・スーパーマーケット』とかもあるじゃないですか。

熊谷
そこも全く見なかったです。フランス映画とか、どちらかというとジョン・カサヴェテスとか、昔のコッポラとか。なんかそういうのをずっと見てました。

ー お二人とも昭和、平成、令和と、東京のカルチャーの中でものづくりを続けてこられたと思うんですけど、好きなものって変わってないですか?

熊谷
何も変わってない。

HIROCK
自分もそう。

熊谷
だけど、途中からネイティブアメリカンにすごく惹かれるようになって。やっぱりアリゾナの大地に実際に行かないと、心に響かないじゃないですか。年を重ねて、経済的にも余裕がないとなかなか行けない場所だから。それでもうシンパシーを感じて、30代半ばぐらいからは、ネイティブアメリカンにどっぷり。

長年培ってきた価値観やカルチャーを大切にしながら、今回新たに形にしたものは何でしょうか。
お二人にとって、このコラボレーションが持つ意味を教えてください。

熊谷
今、多分僕らはまだ模索中ですよね。HIROCKさんと知り合ったのはすごい昔ですけど、“ガチャ”って噛み合う場所がどこかで来るから、そこからがすごいと思う。まだ二人は模索中。それがいいんじゃないですか。
だからGDCの歴史を見て、多分5年後とかに「これはHIROCKさんと熊谷さんの初期の作品だな。この時期から何か変わったな」みたいなものは、この後もできてくるだろうから。

それがまた、僕は楽しみですね。

HIROCK
僕の裏テーマでは『世代の対決』だと思っていて。
やっぱ僕らより上の世代で、憧れてきた世代ですから。その人間とぶつかる勝負でもあるとも思っていて。一緒にやる共作でもあるし。だから、ぶつけて、勝ちたいなと思ってます。

熊谷
僕はもう負けてもいい人だから(笑)失うものはないんですよ(笑)

ー 最後に、新しい価値を表現し続けてきたお二人にとって、このコラボレーションを通して、どんなメッセージを届けたいですか。

熊谷
やっぱり往年のGDCファンと、今のGDC。あとは、親会社であるyutoriの世代の子たちもちょっと着てたりとか。これでまた、新しいジャンルのファンができるんじゃないかなと僕は思ってて。
僕が今まで手の届かなかったところに、橋を架けるような感じがいいかな。

HIROCK
映画で言うと『スター・ウォーズ』っていうジョージ・ルーカスが撮った映画を、新しい監督がまた作るじゃないですか。新しい話を。それと似たようなことで、熊谷さんが監督をやってたものを、僕の監督で撮らせてもらっているような感覚で。
昔のファンも納得させながら、新しいファンを生み出すのが仕事だと思っています。

(撮影=横井隼 取材・文=松木奏)


LOOKの撮影は、HIROCK氏が事務所を構える群馬県前橋市のスズラン百貨店内〈HIROCK DESIGN OFFICE〉にて実施。
「その街や、そこにいる人、その場所に流れる空気を映し出したい」という熊谷の発案のもと、キャスティングをHIROCK氏、撮影を熊谷が担当。HIROCK氏本人をはじめ、両者のチーム、そして日頃からその場所に集う人々が参加し、HIROCK氏のクリエイションが日々生まれる事務所を舞台に、どこを切り取ってもHIROCK氏らしさを感じさせる風景と、そこに息づく日常を通して、今回のコラボレーションを映し出すLOOKに仕上がりました。

今回のコラボレーションは、熊谷からHIROCK氏へ「College(カレッジ)」というテーマを投げかけたことからスタート。「UNIVERSITY OF GDC」という架空のカレッジをイメージし、HIROCK氏が描くオリジナルキャラクターをはじめ、「熊」や「鷹」をモチーフとしたグラフィックを、本コラボレーションのために新たに描き下ろし。
ユーモアや遊び心を交えたキャラクターと独自のグラフィックワークによって、「College」というテーマをHIROCK氏ならではの世界観へと展開。さらに、アイテムのカラーやシルエットに至るまで一からデザインし、その表現を余すことなくアパレルへと落とし込んだコレクションとなっています。
コラボレーションアイテムより、まずは今の季節から取り入れやすいTシャツとスウェットTシャツの2型をローンチいたします。

【HIROCK×GDC】Graphic T-Shirt
COLOR:ORG / BLU / CHAR / BK ¥11,000 taxin

【HIROCK×GDC】Sweat T-Shirt
COLOR:BE/ NV / GR / BK ¥17,600 taxin

ALL ITEM SIZES / M / L / XL

以上のアイテムは、829日(土)12:00より〈GDC代官山フラッグシップストア〉および〈GDCオフィシャルオンラインストア〉にて発売いたします。

Collaboration with HIROCK @hirock_fnd
NIGO®︎氏に師事し、アパレルブランド〈A BATHING APE®〉のグラフィックデザイナーを経て独立。20年にわたり東京・裏原宿の一大ムーブメントの中心で活動し、ストリートカルチャーから学んだ遊び心を活かしたロゴ、グッズ、アパレル、空間デザインなど、その表現は多岐にわたる。
デザインワークを生業とする一方、自身の情報サイト〈HIVISION〉を運営。目利きセレクターとして雑誌やウェブマガジンでの連載、ラジオパーソナリティを務めるなど、メディア各方面でグッドデザインアイテムや最新のガジェットを紹介。雑誌『GQ JAPAN』発の〈GQ SHOP〉では、ゲストキュレーターにも選出。近年では、ファミリーマート初の旗艦店〈 FAMIMA PARK AZABUDAI〉において、雑貨部門の企画・デザインを担当。

#001 GUEST 浅野 忠信
作業着でも制服でもいい。似合う・似合わないを超えて――熊谷隆志と浅野忠信が語る、服と人生の距離感


#002 GUEST WESCO JAPAN 代表 | 岡本 直
一瞬で虜になった至高のブーツ。